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スレッド一覧

  1. OB戦について(0)
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出会い

 投稿者:でらくん  投稿日:2017年 9月10日(日)01時31分27秒
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  森内九段と散髪屋で会うとは・・・。そんな偶然の出会いはないなぁ。
九州でのことではないですよね。

そういえば、ホテルの大浴場でチェホンマンと一緒になったことはある。
 
 

森内九段

 投稿者:小石  投稿日:2017年 9月 6日(水)00時30分22秒
返信・引用
  8月5日に、いつもの散髪屋でカットして貰っている時、あとから入って来た客、どこかで見たようで気になっていました。
その客は私の隣のイスに来て、店の人との話に耳を傍立てて聞いていると、プロ棋士の森内ですとの声。
店の人は将棋には疎く、今 話題の藤井四段の話しをしていました。
森内九段は、NHK杯で対戦すると
話していましたが、まさかの敗戦でしたね。
今は将棋連盟の要職にあり、研究する時間も少なかったのかなあ、と思っています。
 

プロは厳しい

 投稿者:でらくん  投稿日:2017年 9月 5日(火)22時55分35秒
返信・引用
  森内9段のフリークラス入りは、やはり限界を感じたからではないでしょうか。

プロになれば日々将棋の勉強になるでしょうが、それは楽しいものではない
ようです。前田8段は、ある年齢からはもう将棋に飽きたと言ったと
読んだ気がするし、橋本8段も渡辺竜王も将棋の勉強が辛いという
ようなことを書いていたはず。

ちょっと記憶が曖昧ですが、別なプロ棋士が書いた文章で
「プロの9割は絶望している」というような記述を読んだ
気もします。

才能あふれる天才達の中で自分の才能の限界を感じるのだと思います。

他の社会ではいろいろな側面で人は評価されるので、何かがダメでも
別な面で優れているということで生きていけますが、将棋のプロは
基本的に評価軸が1つで、結果に言い訳もきかないので本当に
厳しい社会だと思います。

アマこそいちばん将棋を楽しめるのではないでしょうか。
 

夢をあきらめないで

 投稿者:  投稿日:2017年 9月 5日(火)20時48分52秒
返信・引用
   すごいね、でらくん、夢はあきらめなければ必ず叶う。羽生がついに竜王位に挑みますね。すべての永世位に向けて、夢はいつも私たちの目の前にある。ところで、なぜ森内九段はフリークラスになったのですか。あんなに羽生と熾烈な戦いを繰り広げていたのに。
 最近、「マディソン郡の橋」をまた見ました。「君には、君の夢があったのだろう。だが、それをかなえてやることができなかった。許してほしい。」いつか言ってみたいものです。
 

角落ち

 投稿者:でらくん  投稿日:2017年 8月28日(月)03時38分8秒
返信・引用
  将棋大会に参加してきました。結果は見落としなどで散々な
有様でしたがプロ棋士の指導対局を受けることができました。

飛車落ちは3連勝中なので今回は角落ちに。記憶があいまいな
定跡ではなく、普段の指し方で挑んでみました。
結果は東八段に勝ち。

最近は体力負けしていると感じていたところで少し自信に
なったというところでしょうか。
 

村山 聖その3

 投稿者:  投稿日:2017年 8月 1日(火)20時38分25秒
返信・引用
  魂の駒を盤上に進めた男;村山 聖、若獅子戦決勝、羽生と対戦、勝てません。C1戦再び羽生と対戦、しかしまた敗れてしまいました。一人になった対局場でひとりつぶやきます。「なんであんなに強いんや。」勝たなければならない人生です。勝つことだけが肯定される世界です。つらい20歳の秋でした。6段になり、王将リーグを制し、谷川王将に挑戦、しかし、痛恨の4連敗。その後、A級に昇格、東京に進出しました。将棋会館近くのアパートに住み、将棋会館が第二の部屋になりました。将棋会館、それは将棋に人生のすべてをかけた男たちの王国です。棋士たちの天国と地獄は81マスの盤上にあります。  

村山 聖

 投稿者:  投稿日:2017年 7月21日(金)21時54分32秒
返信・引用
  「村山 聖 魂は盤上にあり」3000冊の少女の漫画に囲まれて暮らしていた村山のもうひとつの部屋は関西将棋会館でした。ある日、A級順位戦の対局が行われていて、控室では局面の検討が行われていました。そこへ現れたのが関西将棋界の大御所、内藤九段、局面を一瞥すると「駒はぎょうさんある、詰んどるやろ。」その一言に棋士たちは一斉に検討を始めました。でも、ある若手棋士が「詰まんと言ってます。」「誰や?」「村山君が言ってます。」村山が詰むと言ったら詰む、詰まないと言ったら詰まない。「終盤は村山に聞け」そんな伝説ができました。
 

永遠に・・・

 投稿者:  投稿日:2017年 7月18日(火)21時29分30秒
返信・引用
  すごいね。茨大は永遠に不滅だね。「聖の青春」を見ました。でもあまり・・・だった。それよりも、20年前に見たドキュメンタリー番組が感動的だった。やっぱり役者さんだよね。村山 聖」その番組では、本人も森師匠も登場して、ナレーションがすごかった。将棋に精通した人が作ったのだろうと思いました。「長い間入院を余儀なくされた子供たちは、病室で独特の世界を作り上げていきます。がんばれよ、という言葉はあまり使いません。大きな約束も交わしません。長い夜を耐えるのは一人ひとりの問題です。眠らない限り夜は終わらないからです。子供たちは闇を見つめます。この病院で将棋を覚えました。朝から晩まで盤に向かっていました。自分の王国を見つけた少年でした。小児病棟では、仲良しだった子が病室から突然いなくなります。風が持ち去ったかのように消えていくのです。子供たちは多くを詮索しません。やがて少年はこんな言葉をつぶやくようになります。{名人になりたい}と」。  

報告ありがとうございました

 投稿者:でらくん  投稿日:2017年 7月18日(火)03時12分28秒
返信・引用
  辻さん、報告ありがとうございました。

いつの間にやら秋大会も近くなってきたので、夏休みにどれくらい棋力を上げられるか
というところでしょうか。そういえば、昔は群馬県の赤城山に茨城大学の宿泊所が
あって合宿したことを思いだしました。日立あたりの大子(?)かどこかにも合宿所が
あったような。当時は筑波大学と交流戦をしたりもしていました。

企画してみるのも楽しいかもしれません。藤井聡太ではないけれども若い人は伸びが
早いから次回大会までに大駒一枚くらいは上げられるかもしれませんね。
 

春季団体戦 状況報告

 投稿者:辻 聡智  投稿日:2017年 7月17日(月)14時03分17秒
返信・引用
  在学生の辻 聡智です。
以前、報告しましたが春季団体戦の状況について改めて状況を報告致します。

今年度から本格的に大学将棋大会に復帰となりましたが、昨年度6名(柳沼・大橋・辻・岩堀・小野塚・池亀)だった部員(幽霊会員除く)に新入生など新しい仲間を加え、参戦しました。

茨城大学は新規参戦となりましたのでC2の最下位順位(11位)の位置からのスタートとなりました。

実際に試合に出場したのは

柳沼(4年)、大橋(2年)、辻(2年)、岩堀(2年)、小野塚(2年)、勝又(1年)、三村(1年)の7名でしたが、出場しなかった部員も当日の他大学の情報収集に走り回ってくれました。


1日目(5月7日)この日は大橋と勝又が不参加。

第1戦  VS 千葉工業大学  2-3 ●(2名不参加の影響でメンバー構成に苦労。記念すべき初戦を落とす。スタート早々の敗北で昇格には痛い敗戦)

第2戦  VS 東京電機大学  5-0 〇(三村君兄弟対決を制す。当日出場者5名全員揃っての勝利)

第3戦  VS 帝京大学    5-0 〇(この日は不参加で不戦勝。ラッキー)


2日目(5月14日)この日は大橋が復帰・勝又が不参加。

第4戦  VS 北里大学    3-2 〇(初日を全勝で終えていた相手。昇格の為には負けられない戦いであったが制し可能性を残す)

第5戦  VS 秀明大学    4-1 〇(調子が出ていない相手。確実に勝利)

第6戦  VS 神奈川工科大学 4-1 〇(状況を考えメンバー入れ替え。勝利)

第7戦  VS 首都大学東京  3-2 〇(一敗同士の対戦を制す。結果首位になる)


3日目(5月21日)この日は全員が参加。しかし勝又は初戦のみ。

第8戦  VS 國學院大学   3-2 〇(二敗で昇格の可能性を残す相手。第7戦まで全勝だった三村君が破れチームとして薄氷の勝利。この試合のみ参加できた勝又君が貴重な勝ち星)

第9戦  VS 防衛大学    5-0 〇(結局この大会不参加の相手・不戦勝)

第10戦 VS 高崎経済大学  2-3 ●(勝った方が優勝という対決であったが惜しくも落とす)


C2最終結果(上位のみ)

1位 高崎経済大学 勝点 8 勝数 38 昇格
2位 茨城大学   勝点 8 勝数 36 昇格
3位 首都大学東京 勝点 8 勝数 35
4位 國學院大學  勝点 7 勝数 34
5位 北里大学   勝点 7 勝数 32

わずか勝数1の差で辛くも昇格に滑り込みました。順位が最下位の位置での参戦でしたので勝点・勝数が同じ場合は相手が上位となります。全員で苦労して積み上げた勝ち星が僅か1上回っての昇格。一人ひとりの一勝がいかに大事かという事を感じさせてくれました。


東日本選抜トーナメント戦(6月4日)
春の団体戦でA級3~6位とB1~C2の昇格を決めた上位2チーム合わせて12チームで東日本大会進出を争う。A級の4チームは一回戦シード、B1~C2のチームで一回戦を行う。5名による団体戦。

一回戦 VS 法政大学(B1 1位) 2-3 ●

残念ながら、くじ運最悪?のためか1回戦最強チームと当たってしまいました。
法政大学はA級常連で春の団体戦は全勝で他チームを圧倒してのA級復帰を決めたチームです。春の個人戦でも決勝トーナメント進出者5名、そのうちベスト8が2名と強力メンバーでした。辻・三村が勝利し、負けた試合の中でも勝又が序盤から相手を圧倒していたものの終盤に逆転されてしまったという惜しい敗戦。
A級レベルの相手に互角に戦えたことは、チームに大きな自信を与えてくれました。

秋の大会(C1)は7名の団体戦となりますが連続昇格を目指して頑張ります。


現在は、新しい仲間を加え以下の11名となりました。

柳沼(4年)、大橋(2年)、辻(2年)、岩堀(2年)、小野塚(2年)池亀(2年)、羽成(2年)、勝又(1年)、三村(1年)、小松(1年)、駒峯(1年)

現在、サークル棟の部室は狭く荷物置き場になっています。
ですので図書館のグループ学習室にて水曜日と木曜日に活動しています。
活動の様子の画像もアップしておきます。
 

千田翔太六段

 投稿者:  投稿日:2017年 7月13日(木)21時39分25秒
返信・引用
  私も、千田翔太の将棋フォーカスは、何回か見ました。「コンピュータの方がプロ棋士より強いなら、そっちに学ぶのは当たり前」、そうあっさり言い放つ彼に新しい時代を感じました。
棋譜並べは、線の学習、そうではなく、ある盤面を切り取り、その局面の優劣を判断する力を培う点の勉強法。昔から行われていた棋譜並べがアナログの世界なら、ある局面を切り取り、そこからスタートする、それはデジタルの世界か。千田翔太と藤井聡太のNHK杯戦もおもしろかった。何か別の次元で戦っているような感じでした。ひふみん、おもしろいね。名人まで上り詰めた棋士は、名人でなくなるか、A級から陥落すると引退、でも加藤九段は、最後の最後まで指した、C2級陥落まで、そういう棋士人生もいいね。「自分で引退することはない。」そい言った九段の言葉、重みがありました。
 

新しい勉強法

 投稿者:でらくん  投稿日:2017年 7月13日(木)01時36分0秒
返信・引用
  最近、たまっていたNHKの将棋フォーカスを見ていたら結構、衝撃的な内容があった。それは千田翔太六段の特集。

やっている勉強法は棋譜並べというか、棋譜観戦。ここまでは普通だが、見ている棋譜はFloodgateのコンピュータ同士の棋譜。次の一手もコンピュータ同士の棋譜から任意に選んで考えるというもの。

確かに人間よりもコンピュータの方がレーティングで1000以上も上というなら、人間の棋譜を並べるよりも、より強いもの同士の棋譜を並べた方がよいに決まっている。

棋譜の意味がわからないのではないかという議論もありそうだが、それは人間のプロ同士の棋譜でも同じこと。アマチュアではわからなくても、やはり並べると筋が良くなるわけだから、超上級同士の棋譜の方が効果がありそう。

別なTV番組では藤井聡太と加藤一二三の対局でのコンピュータの指し手との一致率を出していた。記憶に寄れば藤井聡太で65%くらい、加藤一二三で45%くらいで一致率に20%ぐらいの差があったと思う。

コンピュータを教師として、それに近づいた指し手をするほど強くなるなら、勉強に取り入れない手はない。と、思って最新のFloodgateの棋譜をダウンロードしようとしたら、なぜかつながらない。こんなことならもっと前に落としておくべきだった。
 

県代表戦

 投稿者:でらくん  投稿日:2017年 7月10日(月)23時33分37秒
返信・引用
  対局後、すぐに東京出張で報告が遅れましたが、結局負けてベスト8止まり。

1一まで入玉したものの駒損が響いて詰まされてしまいました。
それにしても東京は暑かった。
 

すごい!

 投稿者:  投稿日:2017年 7月 3日(月)19時52分10秒
返信・引用
  でらくんすごいね。まだ燃えてるんだね。加藤九段は引退したけど、まだでらくん現役だね。ぜひ歴史を、伝説をつくってください。人の一生は何かの伝説をつくる旅路。つくれたら、よしとしよう。
大騒ぎがおわったね、これで世の中が少し静かになるかな。藤井聡太という夢を、みんなで追ったんだね、将棋とは関係なく。これで、将棋に興味のない人は、退席しますね。でも、おもしろかったな。将棋でわくわくした夢を見れて。おもしろいものを見れた。また見せてくれるかな。
 

アマ名人戦県代表予選

 投稿者:でらくん  投稿日:2017年 7月 2日(日)23時08分5秒
返信・引用
  アマ名人戦の県予選に参加してきました。予選は3勝抜けの2敗失格。なんとか、3勝1敗で予選通過して本戦で1勝。ベスト8に残りました。ベスト8から別会場で来週に続きとなります。付け焼き刃ですが、詰将棋でもしないといけないかな。  

部室で

 投稿者:  投稿日:2017年 6月25日(日)21時03分9秒
返信・引用
  当時、ベニヤ板で囲まれたような部屋で、となりの部室から聞こえてきます。「将棋って、指すって言うけど、何を指すの?」うらやましいけれど、女の子と話しています。将棋は指す、囲碁は打つ、最近テレビで将棋番組多いけど、打つっていうコメンテーターいますよね。戦いなのだから、打つ方が自然か、指すっていうと、
何か後ろからそっとブスっと、という感じで。藤井四段の指す手が気になります。
多くの棋士はびしっと駒を盤に打ちつけるような。でも藤井四段は盤に到達する前に駒を放している。駒は自分で盤にたどり着く、自然な駒音を立てて。いいなと思います。いよいよ明日、
どうなるのでしょうか。
 

藤井聡太に見る夢

 投稿者:  投稿日:2017年 6月23日(金)20時16分5秒
返信・引用
  私たち将棋指しは、指すたびに、勝ちたいと思う。でもそれがなかなかできない。負けるたびにもっと強くなりたいと願う。神の一手があったらと思うことも。昔パチンコの一発台をやっていたとき、念力が自分にあったらと思いました。夜寝るたびに、蛍光灯の引き紐をゆらす訓練をしました。「ゆれろゆれろ」といくら願っても、紐がゆれることは一度もありませんでした。藤井聡太、それはみんなの夢なのでしょうね。夢がかなわないのなら、せめて、夢をかなえる人を見てみたい。彼はこれからも勝ち続けるのでしょうか。やるたびに進化しているようですし。そんな人がいるんですね。  

Re: 感謝・・・

 投稿者:でらくん  投稿日:2017年 6月21日(水)00時50分15秒
返信・引用
  > No.304[元記事へ]

林さんへのお返事です。

> 小野瀬君と小野寺君に出会えたことは本当によかった。お二人には新宿に引っ越すときと
> 埼玉の教員採用試験に受かり、庄和町(現春日部市)に引っ越すときにもお世話になりました。
> レンタトラックを返し、西新宿で慰労会をしました。店の名は「門」新宿ガード下のどんづまりにある小さなスナックでした。渋谷で塾講師をしていた時、帰り道に時々立ち寄ったところです。受かった時、実は千葉の女子高に採用が決まっていたのです。募集も
> してないのに、手紙を出し、貴校でぜひ働かせほしいと訴えました。しばらくして面接の
> 通知が届きました。面接日には、十数人がいました。
> その中で10人くらいが採用となり、その中に私もいました。
> 埼玉の合格が決まった時、迷いました。でも世話になっている親に相談したら、「もちろん公立の学校の方がいいに決まっている。」と言われて、迷いながら、埼玉に決めました。
> でも今でも思うのです。あのまま、千葉の女子高で勤めていたらと。
> きっと全く違う人生を歩んだことだろう。もし、もう一度やり直せたら、そんな人生を生きてみるのもいいかなと。でもそれができないのが、人生ですね。

そういえば、当時の将棋部のメンバーは普通に教員になったり、公務員になったり、
有名企業に就職したりで、今思えばみんな優秀だったのかなぁ。
 

感謝・・・

 投稿者:  投稿日:2017年 6月20日(火)22時13分56秒
返信・引用
  小野瀬君と小野寺君に出会えたことは本当によかった。お二人には新宿に引っ越すときと
埼玉の教員採用試験に受かり、庄和町(現春日部市)に引っ越すときにもお世話になりました。
レンタトラックを返し、西新宿で慰労会をしました。店の名は「門」新宿ガード下のどんづまりにある小さなスナックでした。渋谷で塾講師をしていた時、帰り道に時々立ち寄ったところです。受かった時、実は千葉の女子高に採用が決まっていたのです。募集も
してないのに、手紙を出し、貴校でぜひ働かせほしいと訴えました。しばらくして面接の
通知が届きました。面接日には、十数人がいました。
その中で10人くらいが採用となり、その中に私もいました。
埼玉の合格が決まった時、迷いました。でも世話になっている親に相談したら、「もちろん公立の学校の方がいいに決まっている。」と言われて、迷いながら、埼玉に決めました。
でも今でも思うのです。あのまま、千葉の女子高で勤めていたらと。
きっと全く違う人生を歩んだことだろう。もし、もう一度やり直せたら、そんな人生を生きてみるのもいいかなと。でもそれができないのが、人生ですね。
 

茨苑祭

 投稿者:  投稿日:2017年 6月19日(月)20時38分59秒
返信・引用
  そういえば、茨苑祭で、内田君と決勝戦しました。得意戦法だった石田流を駆使して、勝ちにいきましたが、重厚な受けでつぶされてしまいました。負けた時、たしか小野瀬氏が言いました。「林さんが勝てば、賞品のウイスキーみんなで飲めたのに。」と。勝負事は、目がお金になるとだめですね。やはり、将棋の強さは、人間性です。  

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